心療内科治療指針

心療内科治療指針

知的活動を大雑把に分けると、「思考」「感情」「記憶」「身体感覚」から成り立っております。「身体感覚」とは、例えば、心配事があると胃のあたりが重く感じられたりする、あの感覚を指します。これらの4つの知的活動は相互に関連し合っておりますが、生物学的身体を基礎として成り立っております。私は、「思考」「感情」「記憶」「身体感覚」「身体」の5つが相互に関連し合い、影響し合った知的活動を「こころ」と定義しております。
こころ
例えば、うつ病は主として「感情」や「思考」に障害が生じ、「抑うつ感、悲哀感」や「劣等感、自責感、思考抑制」などの症状を認めます。本邦で広く行われている、認知行動療法はうつ病者が陥り易い誤った思考回路を変えることによって、感情障害をも改善しようとする精神療法です。効果の認められる症例がある一方で、全く効果のない症例も多くあります。
何故でしょうか。
認知、すなわち思考を簡単に変えることが出来るものでしょうか。例えば、何か心配事があったとして、私たちはその心配事から目をそらそうとしたり、何か他のことを考えて気分をまぎらわそうとするでしょう。結果として、その心配事は心の中で更に大きくなっていませんか。これが「こころの仕組み」なのです。
心の病を良くしようと思えば、「こころの仕組み」を十分に理解することが、全ての治療の土台になると考えます。

現在アメリカを中心としてACTという精神療法が注目されております。ACTはAcceptance and Commitment Therapyの略号で「アクト」と読みます。2002年アメリカのS.C.ヘイズらにより発表され、世界に広まりつつある比較的新しい治療法で、第三の認知行動療法と言われております。私はACTの考え方を治療方針の一つとして取り入れております。
次にACTについてその概要を説明致します。
Acceptanceは「心に浮かぶ思考や感情」を受け容れることを、Commitmentは身をささげること・献身の意で、大雑把に言えば、こころに苦痛に満ちた思考や感情が有ってもそれを受け容れ、自分が価値があると思う方向に身をささげて進んで行きましょう、ということを表しております。
ACTは大きく3つのカテゴリーに分類されております。そのカテゴリーとは、①アクセプタンス、②マインドフルネス、③価値に基づいた生き方、の3つです。ここでは①②について簡単に説明致します。

アクセプタンス

ACTにおける「アクセプタンス」とは次の様な考えに基づいています。それは「苦痛を取り除こうとすればするほど、苦痛が増幅し、それに絡めとられ、ついにはトラウマ的なものに変化してしまう。」という考えです。
「アクセプタンス」とは、苦痛を取り除いたり、苦痛から回避したりしないで、苦痛を受け容れるということなのです。苦痛を我慢し耐え忍ぶということではなく、積極的にしっかりと抱きとめるということなのです。何らの評価も加えず、すなわち、否定も肯定もしないで、あるがままを受け容れるということなのです。
気になる事、心配なことが生じても、その事実をそのままに心の内に受け容れ、ただ認めたうえで、自分が現在すべきこと、したいことをしていれば良いのです。殆どの人は、気になる事、心配な事が解決しなければ、次の行動に移れないと思い込んでいますが、そうではないのです。気になる事は気になるままに、あるがまま心の内に留めて、すべき事、したい事をやれば良いのです。
苦痛や苦悩を心の内に受け容れることは、それらを排除したり、それらから回避することよりも苦しいのではないかと思われがちですが、決してそうではありません。実際にそうしてみれば、分かって頂けると思います。

マインドフルネス

マインドフルネスとは自分の体験を観察する方法のことです。カバットジンの定義によると「マインドフルネスとは、意図的に、今この瞬間に、価値判断をすることなく注意を向けること」となつております。価値判断をすることなく物事を見るということは、誰にとっても大変難しいことです。人は皆、自分の思考を通して物事を見、価値判断を加えます。思考というものは、自分の世界を見る為のレンズの様なものです。人は誰でも自分専用のレンズにこだわり、自分の体験をどの様に解釈するかということをそのレンズに委(ゆだ)ねてしまっています。ACTではこの様に思考に囚われてしまう危険性について説明し、その危険性を回避するための具体的方法を提示しています。
これらの方法によって、毎日生じる多くの思考のレンズに気付くようになり、またそのどれにも囚われないようになっていきます。そして自分への気付きが高まっていって、より全体を見ることが出来るようになると、特定の思考への執着が無くなっていきます。
苦痛に囚われた視点から世界を見るのではなく、自分の外側から自分の苦痛を見ることが出来るようになります。

参考文献

『ACTをはじめる』 スティーブン・C・ヘイズ他著
『マインドフルネス認知療法』 Z・V・シーガル他著